-するのしないのどっちなの -
オフの前日。家でジーノが寛いでいるのはすでに馴染んだ光景だった。
済し崩しに付き合い(友情とは違う、本来は男女で行うべき交際)を始めてからというもの、気付いたときには部屋に転がり込まれている。
ナントカ産のワインやら、つまみと呼ぶには豪勢すぎるデリのオードブルや高級チーズを持って。
「だって、君が人目に付くところは嫌だって言うから」
家なら問題ないでしょ、と王子様の笑顔を見せられれば断れるはずもなく。
こうしてオフ前恒例の酒盛りは始まる。酒盛り、などというとジーノは嫌がるが、お洒落なディナーでもないだろう。
ワインを好まない村越は缶ビールだが、ジーノは嗜好の違いなど気にも留めない。
普段は奔放すぎて手に負えないが、こういう所は純粋に美徳だと思える。
「これも美味しいよ。ビールにも合うんじゃないかな」
供される料理はいつだって何味か見た目では分からない代物だが、長い指が指し示すのに従って口に運ぶとなかなか旨い。
一人で飲むより、自然とペースは速くなる。
居酒屋では濁った赤紫の液体だが、ジーノの選ぶワインは冴えた赤色をしていた。
スポーツ選手だというのに日焼けを嫌う指が重なるといっそう映えて見える。口にする気にはならないが、それを飲むジーノを眺めているのは嫌いではない。
「楽しいね、コッシー」
わざわざ口にする程でもない心情を述べると、ジーノはくすくすと笑った。
瓶が空になりかけている。少しは酔いが回ってきたのかもしれない。
体格の良い村越と比べ身長は5cm程しか違わないが、ウェイトは米袋一つ分軽い。
酒に強い欧州の血も完全ではないのだ。次第に整った顔つきは緩み、よく回る口は更に滑らかになっていく。
話題は最近買った椅子の話や普段犬呼ばわりしている若手の事やら、内容には特に関心はない。
ジーノとて、口下手な自分を話相手として期待している訳ではないだろう。
ただ、話の合間に村越を見つめて瞬きをしたり、引き締まった腕をつついてみたり。
「ちゃんと聞いてる?」というサインを出してくる。それにどう応えて良いのか未だに掴めないのが村越の目下の悩みだった。
特にジーノは何かに期待しているようでもなかったが、色々と慣れていない身にはこたえるものだ。
会話が途切れる。ジーノは相変わらず微笑みながらグラスを傾けている。
かつん、とフォークが皿にぶつかった音が響く。オリーブに突き刺すのをしくじった。
「コッシー…」
村越が手を伸ばすと。ジーノはグラスを置いた。引き寄せられるまま肩を懐に、頭を首元に埋める。
柔らかくカーブした口角。軽く伏した目。
村越が唇を近づけると、長い指がそれを制止した。
「…もう酔ったのかい?」
頭から血の気が引く。俺はいま何を。
ジーノがきょとんとした目で見上げてくる。
居たたまれない気分で温いビールをあおる。苦い。
「いま、キスしようとした?」
「言うな」
「ねえ、なん…」
「聞くな」
素知らぬふりもマナーだろうに。日本国籍のくせ恥の文化には疎い男だった。
「何で、僕のしてほしい事が分かったの?」
「…庇うな」
惨めになるだろう。
それでもジーノは目を逸らしてくれない。
「庇ってなんかいないよ。とっても驚いたから、聞いているんだよ」
ジーノの表情は真剣そのものだった。
説明を聞いてどうしようというのか。目的が読めないのはいつもの事だったが、それならからかわれた方が幾分マシだ。
「驚いたフリもいらん。嫌なら嫌と言え」
突き放す言葉に、ジーノは目を丸くする。
「気を悪くしたなら謝るよ。だって、思ったことと現実が重なったら、喜ぶ以上に驚いてしまうよ」
「後出しならどうとでも言えるな」
「コッシーも、口が巧くなったね」
いつもの軽口を叩きつつ、グラスを置いた。
「君は僕にキスしようとした。僕はそれを望んでいた―唇の前に心が重なっていたんだ、素敵だね」
ジーノの甘ったるい声が耳にまとわりつく。
かなり酔っているらしい。
回された腕を無造作に払い、村越はため息をついた。
「何がどう違うってんだ。結果は変わらないだろ?」
ヒュッ、と短い口笛は、同意の逆。
「結果だけを求めていたら、人生楽しくないじゃない?」
つまらない男で悪かったな。
反論する言葉を飲み込んで、村越がプルトップに指を掛けたとき。
「ねえコッシー、キスは?」
指がつるところだった。
傍らにはジーノの穏やかな微笑み。
「…今はそんな気分じゃない」
「そう?」
ジーノの頭が肩にもたれかかる。
首筋の、皮膚の薄い所がほんのり赤い。
萎えかけた情欲がまた熱を持ちはじめる。
「過程はもちろん大切だけど、結果の価値が失われるって事ではなくて…」
ぶつぶつと言い訳のように呟く。
まるで子供の駄々のようで、可愛いと思えてしまった自分は相当酔っているらしい。
それは酒のせいか。それとも、年下の恋人になのか。
「今日は何だか酔っちゃったなぁ…ちょっとくらい、はしたない事されても忘れそうだよ」
ねえ?と見上げてくる瞳に抗うことなどできるはずもなく。
重ねた唇は、微かにワインの味がした。
END
花金こしじの。
サッカー選手に花金もないですが…お休み前な気分で
<<20110918・木綿>>