- softcream -
「コッシー、僕ソフトクリームが食べたいな」
平日で閑散とするサービスエリアは、抜けるような青空とゆったり流れる空気で、
広い空間が余計に広々と感じられる。
そんな空間で白く長い指が差す先には、巨大な白い渦巻きのモニュメント。
おもちゃのような店先に、背伸びして立つ子供が二人。
女性店員が機械を操作するのを固唾を飲んで見守っている様がなんとも愛らしい。
村越の傍らに立つ、白い指の主をうかがえば、満面の微笑み。
ジーノも20年ぐらい前に遡ればあれぐらい愛らしかったのだろうな、とふと思った。
クラブの皆からジーノは美食家だ、と思われている。
そう言えば聞こえはいいが、村越から見ればただの偏食家だ。
これは口に合わないそれは味付けがいただけないなどと言っては、
途中で食事をやめることも一度や二度ではない。
食事に関することではうんざりさせられることの方が多い、
そんな偏食家の王子様であるが、唯一アイスクリームにだけは目がなかった。
有名な老舗メーカー製アイスクリーム(しかもファミリー向けのサイズだ)
を一人で食べていたときはかなり衝撃を覚えたが、
慣れてしまえば6歳年下のこの男が相応に可愛らしいと思える、数少ない特徴の一つだった。
旅の初っぱなから甘過ぎるかもしれねえな、と思いつつも、
村越は尻のポケットから財布を取り出す。
「俺のもな」
と千円札を目の前に出すと、きょとんとした表情のジーノ。
「えぇー。僕が買いにいくの?」
「…食べたいって言ったやつが買ってくるんじゃねえのか」
「ま、その論理は正しいかもしれないけど、僕が行ったらナンパされちゃうかもよ?」
ジーノが優雅に親指で示した先には先程の店先、
女性店員二人はバレないようにしているのだろうが、
注意しながらちらちらとこちらをうかがっているのが丸見えだ。
こちらを、というか彼女らの関心はジーノに向けられているのだろう。
人が少なく、店員もヒマな時間帯、長身の男二人というだけで目立っているというのに、
片割れがハーフの色男では彼女らの目に留まるのも当然かもしれない。
ナンパされてもせいぜいメールアドレスを握らされたり、
一つか二つソフトクリームの巻きが増えるぐらいのものだろう、とは思うのだが。
「僕ちょっと嫌だなあ…ねえお願い、コッシー」
わざとらしい口調ではあるが、面と向かってお願いされると無下に断るのも忍びない。
そんな己の保護者体質が恨めしい。
もしかして自分は甘えられるのが嫌いじゃないのかもしれない、
と一瞬頭をよぎったが認めるのも何だか癪だ。
しかし隣で微笑んでいる、可愛さも憎さも余りある恋人には
村越のそんなところも今更お見通しの事実なのだろう。
思わずため息が溢れる。
「あ、次から僕が運転しようか?」
村越の車はATだ。もちろんMTも運転出来るが、練習で疲れた中、
わざわざシフトチェンジを手動でやりたいと思う程運転好きという訳ではない。
マセラティはもちろん、MT車。
少し前、村越の車の運転席に座り、自分の足元を見つめるジーノが真剣に
「コッシー…クラッチがないよ?」と言ってきたことを思い出す。
たまには運転してもいいというから運転席に座らせたのだが、
滅多に出さない深刻そうな声色と、疑問符が浮かんだ顔を見せられては、
運転してもらいたいとは露程も思えなかった。
万一廃車にしても惜しくないと感じられる程安い車でもないし、
それよりも何よりもお互いの商売道具は傷つけられない。
むずがる王子様を引きずり下ろして、助手席に座らせたのは記憶に新しい。
その一件を覚えていてあえて運転すると言っているのだろう、とわかってはいる。
「運転は勘弁してくれ…わかったから座っとけ」
千円札の代わりに鍵を目の前に出すと、ジーノは嬉々として村越の手ごと受け取った。
「ふふふ、コッシー愛してる」
「ふざけんな」
村越は乱暴に手を振り払い、ジーノの笑い声を背に店に向かって歩き出す。
向かった先の店員が少なからずがっかりしたように感じられるのは、
僻んでいるからそう見えるというわけではなく、気のせいというわけでもないはずだ。
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「コッシーはいいよね」
助手席でせっかく買ってきたソフトクリームに口も付けず
しげしげとこちらを見ているジーノ。
「とっとと食え」
溶けるだろ、と促すと、ジーノは角の部分をパクリと食べる。
「コッシー、ソフトクリーム似合うよね。僕好きなんだけど、似合わなくて。
ジェラートなら似合うんだけど」
あ、でもコッシーよりタッツミーとかバッキーの方が似合うかな、どう思う?
と言いながらまた一口食べる。
唇についたクリームを一口ごとに舌で舐めとるところを見ると、
確かに世間から見た王子様のイメージからは似合わないかもな…とは思うが、
どうも心に引っかかる。
「もしかして似合わないからって理由で俺に買いにいかせたんじゃねえだろうな」
「それだけじゃないよ。
君が買うことによってこの安物のソフトクリームにも価値が生まれたって思わない?」
10倍は美味しくなったね。と言い放つジーノにコーンの最後の一口、
尻尾の部分を投げつけてやろうか、と思ったがやめて口に入れた。
結局のところ引き受けたのは自分なのだから、後からどうこう言うのは格好悪い。
格好悪いとは思うのだが。
「…ごめんよ、怒った?」
無言で音を立ててコーンを食べる村越を見て、珍しくわがままを自覚したのか、
ジーノはバツが悪そうに顔を覗き込んでくる。
ジーノは年の割りに
(25歳にもなるが、サッカー選手なんて皆子供のまま大人になったようなものだ)
賢く大人びているくせに、こういうところがあるから、憎みきれない。
女をよく小悪魔と形容するが、それを男にしたらこんな感じかもしれない。
村越は助手席側に向き直り、無言で表情も変えぬまま、溶け始めたソフトクリームを持つ
王子様の華奢な手を右手で、細い顎を左手でつかむ。
「ちょっ…」
言葉が飛び出してくるのも待たず、唇の右端に口付け、吸い付いて舌で舐める。
舌にほのかにクリームの甘い味。
村越の突然の行動にジーノがイヤ、なのかキャーなのか、
とにかく日本語とは少し違う発音の叫び声を上げる。
やっぱこいつハーフなんだなと村越は改めて思った。
今思うことではないのかもしれないが。
村越はジーノを解放し、運転席に座り直す。
あーびっくりした、とすぐに平静を取り戻すジーノに比べ、
いきおいでやってしまったが、無性に恥ずかしくなり、村越はハンドルに顔を伏せる。
人も少ないとは言え、いないわけではない。
誰かいたか確かめたいが、顔を上げるのも気恥ずかしい。そんな村越を見て、微笑むジーノ。
「ふふふ、コッシーってときどきすごく大胆だよね。
何がそうさせるの?やっぱ、僕がそうさせちゃうのかな?」
嬉々として、パリパリと音を立てコーンをかじるジーノ。
確かにジーノの言う通りなのかもしれないが、それはまだ考えないことにする。
まだ道のりは長い。考え事は、
変わり映えのしない景色に王子様が飽きて眠った後でも遅くないだろう。
村越は乱れた心の中を整えるため、一つ息をつき、早く食え、
と言う代わりにシートベルトを装着した。
「やっぱバカンスって最高だね。出発してすぐにこんなにドキドキするなんてさ。
これから本当、楽しみだな…心がわくわくするよ!」
村越の所作など意に介さず、
食べるより喋る方が忙しそうなジーノがのんびり食べ終わるのを確認して、エンジンをかける。
電源が入ったカーナビの無機質な声の挨拶にも返事をするジーノ。
少々うるさいが機嫌がいいのは何よりだ、と村越は自分に言い聞かせる。
「シートベルト忘れんなよ」
「準備OKだよ。あ、でも口の周りはまだ拭いてないよ」
ジーノはおそらく満面の笑みで村越の方を向いているのだろう。
ジーノの笑顔は好きだ。あまり笑うのが得意ではない村越とは違って、
喜びがストレートに表情に浮かぶところを見ると、周りまで華やかになるようだ。
が、今は見たくない。
村越は顔が歪むのをぐっと堪えるものの、眉間に力が入るのはこらえ切れない。
バカンスは身体と心を休めるものというイメージを持っていたが、今日明日は休まる時間は無さそうだ。
ねえねえと子供のように左袖を引っ張るジーノを無視し、
ドリンクホルダーに差さったすっかり微温くなった水で、舌の上の甘いソフトクリームを飲み込んだ。
アイスが好きな王子だったらいいなあーいいなあー
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