-徒然 -


 晩秋の早朝。
 夜通し降っていた雨はもう止んでいるが、湿った冷気が街を覆っている。
 朝日の熱がじゅうぶんに行き渡るまで、もう1・2時間は掛かりそうだ。
  

「まったく、物好きだよね。こんな寒い日にまで」 


 ジーノは刺々しい台詞で、日課のランニングから帰ってきた村越を出迎えた。 
 

「ちゃんと起こしたぞ。お前が起きなかっただけで」
「起きるまでは起こしてくれなかったんだね?」
「…どうせ起きなかっただろうが、寒いとか言って」
「やってみなきゃわからないよ」
 

 からかわれているのが面白くなかったのだろう。眉間に皺を寄せ、村越はバスルームに消えていった。
 シャワーの音を聞きながら、ジーノはソファでくつろぐ。
 ここは村越の部屋だが、付き合うようになって以来、ジーノ用の家具は少しずつ増えていた。 
 未だ殺風景な窓際。キャビネットでも置いて花を飾ろうか?

 そんな事を考えていたら、家主がリビングに入ってきた。
 

「飯、食ってないのか?」
「うん。お腹ぺこぺこ」
「冷や飯があっただろ。あとお茶漬けの素」
「やだ。パン食べたい」
 

  村越がまた眉間に皺を寄せる。不毛な言い合いが嫌いなのだ。
 難しい顔で、どうジーノをなだめたものかと思案している。
 無理にでも残り物を食べさせればいいのに、こういうところで村越はいつも甘い。
 
  甘い父親は良くないが、恋人なら悪くない。
 

「じゃあさ、食べに行こうよ」
 

 沈黙は了承と受け取った。眉間の皺は深いままだったので、快諾ではないようだったが。 

 

  まだ11月とは思えない寒気のせいで、人通りは殆どなかった。
 言い訳の難しい男の二人歩きにはちょうどいい。それでも、少し離れて歩く村越が可笑しい。
 どう考えたって、そちらの方が意識しているみたいで不自然だろう。
 

「ほら、ここだよ」
 

 少し街中から外れた路地にあるカフェだった。白い民家を改装した質素な造り。
 まだ若い女性オーナーは愛想よく出迎えてくれた。

 

「来たことあるのか」
「うん。今日は二回目だよ――何にする?」
 

 慣れない雰囲気で居心地が悪そうな村越に、手書きのメニューをすすめると、また顔が険しくなった。
 横文字の料理名に面食らっているのだろう。日本語で書いてあるのに。

 
「…どれが食い物だ?」
「このあたりかな。こっちは飲み物だけど」

 
 処方薬のリストか何かを検分するように、ジーノが指し示した辺りを睨むこと暫し。
 やはりどういうモノかは想像がつかなかったようで、村越はため息をついてメニューをテーブルに投げ出した。

 
「コーヒー、ブラック。あとはお前が選んでくれ」
 

 ジーノは微笑んで応えてみせる。
 人任せが嫌いなキャプテンに、頼られる特権。

 
「エスプレッソとブラックね。で、あとは――」

 
 運ばれてきたバゲットサンドを何分見つめているつもりなのだろう。
 サンドイッチといえば三角形のものという観念しかなければ、こういう反応にもなるらしい。

 
「食べられるものだから安心していいよ。ハムとチーズとレタスしか挟まってないし」
「それは分かったが…どう食うんだこれは」

 
 チーズといえばスライスかプロセスという認識の村越が何か白っぽい塊(カマンベール)に戸惑っているのは明らかだったが、
 それを口に入れる覚悟があるのだから恐れ入る。さすがはミスターETU。言うと怒られそうなのでジーノは黙っておくことにした。

 
「そのまま齧りつけばいいんじゃないかな?君の口にお似合いのサイズだ」

 
 バゲットサンドは大きいが、村越が持つと小さく見える。
 具沢山で膨らみがちなそれをミシミシ潰しながら一口。
 

「おいしい?」
 

 頷いたのか、二口めの為に顎を引いたのかは分からなかったが、眉間の皺は伸びているので不味くはないようだ。
 茶色く固いバゲットサンド。それを容易く噛み下していく口元から目が離せない。


「おまえは食わないのか?」
「んーん、美味しそうだけどね。僕は口切っちゃいそうだし」

 

 君の食べる様子だけでお腹いっぱいだよ。
 言ったら席を立たれてしまいそうなので、心のうちに秘めておく。

 
「デザートにしようかな。知ってる?あったかいアップルパイにアイス添えると美味しいんだよ」

 
 外はまだ寒い。もう少し日が高く昇るまで、休日の朝食を楽しもうじゃないか。
 あの魅力的な唇に似合うデザートを思案しながら、ジーノはエスプレッソを一口啜った。








END
 
 







朝ごはんコシジノ。 <<20110918・木綿>>