- 夜明け前 -
ふいに目を開くと、暗闇だった。
眠りが浅かったのだろうか。
まだ朝では無さそうだ。
目の奥は眠気を感じているが、再度意識を暗転させるのは容易ではなさそうだった。
今は何時ごろだろう。
カーテンの隙間から仄かな明かりが差し込んできているが、外はまだ暗い。
手探りでベッドサイドのデジタル時計を掴む。
暗がりで目を凝らすと、4時18分。
覚醒の勢いで目を開けてしまったことに後悔しつつ、
耳を澄ませば遠くバイクの音と、寝息。
寝息の主、ジーノは村越から枕半分離れた隣で背を向けて眠っている。
眠るときまでもベタベタ擦り寄ってきて甘えてくることもあれば、
1週間以上全く連絡もなく、こちらから声を掛けてみれば
「何か用?寂しいの?」
と言ってくる具合だったりもする。
そんなジーノのわがままを許し、傍らにいるのは他ならぬ自分だ。
しかし…
気持ち良さそうに寝やがって…
自分の傍でジーノが居心地良さそうにしているのは、嬉しい。
本人には告げたことはないが、そんな彼の姿を見るのがとても好きだ。
しかしだ、
昨晩(今晩)は家に帰ってくると、
何故かジーノが一人で散々飲んでいた挙句
ソファでうたた寝を始めたので
仕方なくベッドに入るまで介抱してやって
(寝間着に着替えさせ、歯も磨かせてやった)
自分もさあ寝ようとしたところで
「コッシー暑いからあっち行って」
と言われた直後ではそんな気持ちも薄れようというものだ。
静かな寝息すら何だか憎らしい。
起こしてやりたい気分ではあるが、
そこまでするのはやりすぎだろう。
布団でも直してやるか、と上半身を起こし、隣人の方を向く。
ジーノは両手を身体の前で合わせ、
横向きになって目を閉じている。
軽く全体を屈ませている姿は、どことなく幼さを感じさせた。
枕半分、近寄って顔を覗き込むと、
普段の彼からは想像できないくらい愛らしい表情だ。
少しだけ開いた口から、すうすうと漏れる吐息。
もっと酔っ払いの情けない寝顔をしていれば、憎らしい気持ちも少しぐらいは維持できたかもしれない。
普段は微塵も思わない。
深夜の補正がかかっていることはわかっている。
しかし今は
長いまつ毛も、形の良い高い鼻も、
色白な肌も薄い口唇も何もかも全てが、心を揺さぶる程に美しく見えた。
嘆息する。
愛おしいと思う気持ち半分。
そして、落胆する気持ちも半分。
もちろん、呆れているのはジーノにではなく、
自分自身に、だ。
起こさぬよう、注意深くジーノの首とマットレスの間に自分の左腕をそっと通す。
んん、と不満気な声にドキリとしたが、動き出す気配はない。
これはちょっとやそっとじゃ起きないな、とゆっくり右手で仰向けに寝返らせる。
ジーノは誰か傍にいると寝られないだのなんだのデリケートなことを言うことがあるが、
ベッドルームの収納をガタガタやっていても、
携帯電話の呼び出しがあっても、
眠いときはすぐ寝るし、一度深く寝入ると決して起きない。
少なくとも、村越の前では。
自分の前でだけ、と思いたい自分がいることにに苦笑する。
顔を寄せ、ジーノの高い鼻にそっと口唇を寄せる。
自分から能動的にキスしたのは初めてだった。
ジーノのペースに乱されまい、と思っていたつもりだったのに。
いつも流され、誘導されてばかりだ。
仄かに照らされた白い頬を、手のひらで包み込むように触れてみる。
肌のひんやりとした感触に、
「暑いからあっち行って」
と言われたことを思い出した。
可愛さ余って憎さ百倍なのか、
憎さ余って可愛さ百倍なのか。
定まらない感情に再び嘆息。
憎らしいのは確かだが、
これが惚れた弱みってやつなのか。
冷たい頬に二回、こめかみに一回キスして、
そのまま顔をジーノの頭髪に埋めて目を閉じる。
息をする度、髪に付いた花の匂いと、薄いアルコールの匂い。
手探りで布団を掴み、一緒に被る。
空いた右手は布団の上からジーノの左肩へ。
いつから彼に愛おしい気持ちを抱くようになってしまったのだろう。
息をする度に胸が詰まる、
自制すら効かなくなる程、強く激しい感情。
もう、これは全て夢だ。
これ以上考えていると、思考がろくでもない方に転びそうだった。
落ち着くために、
大きく息を吸い込む。
花屋みたいな匂いだ。
俺の部屋でこんな匂いがするわけがない。
村越は少しばかり骨ばった枕を抱え直し、
全ての意識を暗転させる努力を始めることにした。
END
コッシー→王子なところを自分なりに探ってみました。
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